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『かえるんと僕と王子様と』

立花 薫


「おはようございます、先生」

「おはよう、鈴木君。今日もはやいのね」

 毎朝、図書室の係の先生がくるとカギを開けてもらって図書室に飛び込む。

 そして朝のホームルームの時間まで、昼休みに読む本を物色するのが僕の楽しみ。




 ここは僕の通う中学校の図書室。

 去年ママと私立中学校の見学会に参加したとき、この学校の図書室をみて絶対ここに来るって決めたんだ。

 だって見てよ、この蔵書の多さと設備。

 本を選び易いように適当な均等をもって配置された本棚、そしてそこに並ぶ本たち、おまけにあちこちに点在する

小さな椅子と机。本を除いては皆きれいでピカピカ。

 自宅近くの区立図書館とはえらい違いだよ。

 ああ、この図書室に来るたび僕は幸福感に包まれて死にそうになってしまう。


 そしてここへ来たらまず『いつもの本』に手を伸ばす。

 もう何度も読み返している、ドイツの童話作家ミヒャエルエンデ作の『果てしない物語』だ。

 この本に出会ったときの僕の衝撃は誰にも分かるまい。

 あの時僕は決めたんだ。将来は絶対『童話作家』になるって。
 



 図書室を出るとき、僕は入り口の横にちょこんと置かれている銅像、『カエルの王様』の頭をなでた。

「鈴木君ったら帰るときはかならず王様の頭をなでるのね」

 貸し出しカウンターにいた先生からそう声を掛けられて

「え、っと。なんとなく。こいつ図書室にいるから物語の『王様』って感じがして。それで……あの、そんだけ」

 いつまでも子供みたいと思われるかも、と、僕は急に恥ずかしくなって駆け出した。

 でも、でもさ。どうしてあんなところに『カエルの銅像』なんだろう。

 不思議だよね。





 その夜のこと。

 僕は布団に包まって学校からかりた『グリム童話』のドイツ語版を必死になって読んでいた。というか字を目で

追っていた。

  日本語に翻訳された物はもうなんども読み尽くしてしまってついに僕は原書が読みたくなったんだ。

  ドイツ語は分からないけど挿絵の雰囲気からだいたい何のお話かわかる。それに グリム童話といえば巻頭に

かならず 『カエルの王様』ってのが基本なんだ。

 カエルがマントをつけて王様の冠をかぶっている挿絵なんか日本語版のとはちがってとってもユーモラス。

「へー。やっぱり挿絵も飾り文字も日本のとはちがってて面白いなぁ」

 などと感心しつつ。僕はつい、つい本を手にしたまま眠り込んでしまった。


******************



「ふーん。なんじゃな。まぁ、ワシはこいつでいいと思う。げこっ」

  なんだこの声。

「ですが王様、けろっ、彼はもう13歳。いつでもファンタジーを捨てされる微妙な お年頃です。もうすこし小さい子供

のほうが」

  13歳って僕のこと?

「大丈夫だ。げこっ、この子の夢は『童話作家になること』なんじゃからして これからもどっぷりファンタジーに浸かっ

てくれるじゃろう」

  するとどこからか大きな溜息が聞こえて、

「……けろっ、王様がそこまでおっしゃるなら」。誰かがそう答えた。

「よぅし。決まった。こいつに決めた、げこげこーっ」

  その『げこげこーっ』があまりにでっかい声だったので僕は嫌でも はっきりと目が覚めた……んだけど。

「うっそ。ここ……どこ?」

  目を覚ました僕はとんでもなくキラキラと光る宝石に埋め尽くされた 派手な部屋に寝転がっていた。

「おもてをあげぃ、王様のご前であるぞ、けろっ」 

「はぁ?」

  僕は慌てて立ち上がろうとして、

「いだだぁつ」。頭を思いっきり天井にぶつけてしまった。なんだよ この小さい部屋は!

  正面を見ると、なんとさっきまで読んでいた童話の挿絵の如く、 冠をかぶったカエルが玉座に座っていた。なんと

なく図書室の銅像にも似てる。

「そなたは鈴木肇(すずきはじめ)に相違ないな。…げこっ」

「え、は、はい」

  僕はぶつけた後頭部をさすりながら周りをキョロキョロとみわたした。

  これは夢だきっと夢なんだ。すっごいや、童話創作のネタになるぞ。

「こらっ、カエル王様がお前にお言葉とご命令をくださるのだぞ。 ひかえんかっ。けろっ」

  王様と言われるカエルのそばにいるへんてこりんな格好をしたカエルが騒いでいる。

  僕はとりあえずカエル達の言うとおり身をただし、カエル王らしきやつにぺこりと 頭を下げた。

「うむ。肇、喜ぶがいい。お前は『童話修正委員会・人間界代表』にえらばれた。心してその命をうけるがよい……

けろ」

「修正委員会?」。 なんだそりゃ。

「うむ。あとでパートナーから肇に詳しく仕事内容の説明があるでげこっ。なんせ 選定に時間がかかって前任者が

いなくなってから10年もたっておるからな。げこっ」

「はい、その通り、けろ」

  二匹のカエルが、げこ、けろ、言いながらなんか勝手に決めてるよ。

「では肇、そなたにこれをさずけよう。ちこう寄れ、そして右手を出すで、けろっ」

  僕は言われた通りカエル達にちかづいて手をさしだした。すると 急にバシッと音がして右手に激痛が走ったんだ。

「いてて」

  慌てて手を広げてみるとなんと右手の薬指にヒスイのような輝きをした 指輪がはまっていた。

「すっげ。ロード・オブ・ザ・リングって感じ」

「それは契約の指輪で、けろ。なくしてはならない」

 へんてこカエルが言う。

「ふむふむ、順調にすすんでるな、げこっ」

 すなおに従う僕の様子を見て 王座にすわるカエル王はご機嫌のようだった。

「ではお前のパートナーを紹介しよう、けろっ」

「パートナー?」

 どうしよう。かわいいお姫様、 魔法使い、 いや、それともドラゴンとか。

「我々ファンタジーの世界とお前の世界との橋渡し役として 王子をひとりつけるでけろっ。『カエルの王様国・第4王

子』をこれへ」

  うわーっ。王子様だって。個人的にはお姫様に会いたいけど王子様だって ファンタジーには無くてはならないキャ

ラクターだもんね。すごいや。

「はなせーっ。聞いてねぇぞ。俺をこんな姿のままにしやがってー!」

  豪華な扉の向こうから叫び声が聞こえ、それがだんだん近づいてきた。

  バンッ

  扉が開くと、そこにはカエルの衛兵? 二匹に挟まれ、腕をつかまれた状態の青いカエルが立っていた。

「おいっ! わかってんのかよ。カエルになったままなんて聞いてねぇ。もとの姿にもどせよっ」

  青いカエルは王様にむかって叫んでいる。

「お前は『童話の国のおきて』をやぶってお姫様と結ばれるのを拒んだ。 バツとしてこの人間、肇のパートナーとし

て仕事にはげめ。さすれば罪はいずれ許されよう。げこっ」

「肇、王のお言葉だ、聞くでけろっ」

  名前を呼ばれてビックリしたけど「はぃっ」と返事をして顔をあげた。

「この物がお前のパートナーとなる。ついては新しい名前を付けてやってくれ。 『真の名前を付ける』のは人間界の

者にしかできんのでな。げこっ」

 げこ、げこうるさい 王様カエルは威厳たっぷりに僕に命じた。

  青いカエルは僕をみると短い後ろ足をぴょんと跳ね上げて。

「おいっ、どうせつけるならカッコいいヤツたのむぜ」

「ええっ、でも。うーんと。急に言われてもな。えーっと。『か、かえるん』」

「馬鹿ヤロー、てめぇ、『かえるん』なんてよ、馬鹿じゃねーのか。かっちょわりー」

  僕のネーミングに青いカエルはぶうぶう文句をいった。

「うむ。これで契約はすんだ。肇、あとはこの『かえるん』から詳しく聞くといい、 では、しばしさらばだ。げこげこーっ」

 


******** ********
 



  はっ。

  僕は『本当』に目を覚まして飛び起きた。

  まだ夜は明けていなくて部屋の中は真っ暗。

 しかたなく闇の中手探りをして明かりをつけると、はあーっと大きく溜息をついて首を振った。

「わー、はっきり覚えてるよ。すごい面白くて、リアルな夢みちゃったな」

 そうつぶやいて 額に手をやって汗をぬぐっていると、

「馬鹿ヤロー、てめー、俺の上からどきやがれ!」

  と、どっかで聞いたような声がする。

「ほ? へ、は……ま、まさかさっきのカエル」

  そう思って布団をひっぱがすと。

「ええっ!!! き、君はだれ」

  僕の目の前には青い瞳に金色の髪をしたそれはきれいな顔をした青年が寝転がっていた。

  映画で見た『美形エルフ』に良く似ている。

「だ、だ、だ、誰」

  余りにもビックリして、でも聞かなくちゃいけないと思って僕は勇気をふりしぼって その青年に聞いてみた。

「お前なぁ、俺様に『かえるん』なんてくだらねぇ名前つけといて 忘れるんじゃねぇよ」

「え、だ、だってあれは夢で、で、カエルで……」

「ああ、この格好か? 夜の間は呪いが解けてもとの姿に戻るんだよ。 ったく、本ばっかり読んでるわりには想像力

ってもんがねぇのかよ」

  そう言われても……こんなとき僕は誰もがするという行動をとってみた。

「いててっ、夢じゃない」。そう、自分のほっぺたをつねったのだ。

  そんな僕をみて、かえるんは、

「馬鹿かおまえは。仕事は明日から始めるからな。詳しいことは 全部明日だ」。そう言ってまた布団をかぶってし

まった。

  そ、それは僕の布団だってば。一緒に寝なくちゃいけないのかな。

「なにしてんだ、ほら、寝るぞ」

「わわつ、いたいよ、ひっぱらないでよ」

  そのまま彼の胸元まで引っ張られた僕はあんなにびっくりして、興奮して いたにもかかわらず。

 結局、一緒になって眠ってしまったらしい。




  チュン、チュン。

  すずめが鳴いてる。古典的な表現だけど、朝だ。なんか夕べは二段構えの変な夢みちゃったなぁ。

 目を覚ました僕はもぞもぞと布団の中を動いてみた。やっぱり一人じゃん。 そうだよ、あんなことある訳ない。

「ふう」

「おぃ。やっと目さましやがったな。こらーっ」

  へ?

  枕もとをみると、夢で見た青いカエルがぴょこぴょこ飛びながらがら 怒っている。

「おいっ、俺様は夜が明けたら、カエルなんだぞ。早く皿にキレイな水いれてもってこいっ!」

  えええええ???

「あ、え、君、かえるん?」

「みずっ!」

「は、はいっ」

  僕はとにかく飛び起きてキッチンに行き、適当なお皿に水をはってもっていった。

「あ、なんだぁ、このくせえ水は? こんな水につかれるかよっ」

「え、そうか水道水はダメなのかな」

  僕はまたまたキッチンにとってかえして、冷蔵庫から冷えたエビアンを もってきた。

「これならどう?」

  するとカエルんはくん、くんと匂いをかぐようなしぐさをしてエビアンをはった お皿に後ろ足をのせた。

「うぎゃっ、つめてーんだよ。馬鹿。こういうのはなぁ、常温にするのが常識 ってもんだろうがよ」

  もーっ、うるさいな。第一、かえるんは口が悪いよ。

「かえるん、君って王子じゃなかった? なんでそんなに口が悪いのさ」

「ふん、俺様の言葉はな、お前のレベルに合わせた言葉遣いになってんだよ。テレパシーってヤツだ。

つまりお前の口が悪いってこった」

  えええぇえっ。

「僕、僕そんなに口悪いのかな。気をつけなくっちゃ」

「ふん。おおっ、いい感じになってきたぞ」

  みるとお皿のお水につかってぴちゃぴちゃはねる、かえるんがいた。まったく気分屋なんだから。

「あ、僕今日学校だ。大変だ。早くしたくしないと図書室によってる 時間が無くなる」

  僕はお皿を掴むと机の上から3番目の引き出しの中にそっと置いた。

「かえるん、君は何を食べるの? お昼に学校抜け出してなんか買ってくるから」

「お前が食うもんと同じだ。同じ皿から同じモノを食べるんだ。 だから俺はお前についていく」

  ええええええっ?

「だめだよ、学校にはつれていけないよ。かえるん、干からびちゃうよ?」

  そう言うとかえるんは前足を腕のようにくみながら

「うーん。しょうがないな、とにかくお前と同じもの食うんだよ、俺は」

  何て言ってる。なんでだよ、もう。

「とにかくお昼になったら一度かえってくるよ。僕、もういくから! 大人しくしててね」

  僕はそっと引出しをしめると大急ぎでしたくして外に飛び出した。




「あれっ?」

  今ごろ気が付いたけど右手にはちゃんと契約の指輪がはまっている。

  すごい。なんだか分からないけどドキドキしてきた。これからすごい冒険が始まったりして。

  今日帰ったらかえるんとゆっくり話をして『仕事内容』を聞いて、 そうそう、その前にかえるんには『エビアン』を

買っていってやらなくちゃね。

  僕は指輪をそっとなでると学校へ向って駆け出した。

 


おしまい? 番外編へ

 

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2005/11/28 update

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