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(番外編)

 

 またやられた。

 ルカはひとりごちた。

 

「バーサ先生ときたら、どこ行ったんだ。」

 少しずつもやが晴れ、やや見通しが良くなった道を走る。

「まったく、もう早く城に戻って報告しなければいけないのに」

 

 ムタルダ候屋敷からの帰りである。途中までは馬車を使ったが、窓から外を見ていたバーサが

急に降りると騒ぎ出した。

「城までまだありますよ」

 大声で伝えたにもかかわらず、バーサは馬車を飛び降りて朝もやのなかをどんどん歩いていってしまう。

「先生!」

 ルカはあわてて馬車を戻しておくよう御者に伝え、後を追った。

 道の先から何かが聞こえる。

 最初は鈴の音かとおもったが、どうやら子供の泣き声らしい。

「先生、こんなところにいたんですか。何してるんです、早く戻らないと……」

 するとバーサが声をあげた。

「ちょうどいい、ルカ、あなたはこの子たちの言葉がわかりますか」

「この子たち?」

 見てみれば7歳くらいの少年と3歳くらいだろうか、小さな女の子がいた。

 汚れた身なりの少年はバーサから眼を離さず距離をとり、自分の後ろに泣きべそをかいた女の子を隠している。

 彼女の頬には大きな刀傷がみえた。

「どうしたんです、一体」

「女の子、顔を怪我しているんです。いま治療すれば傷が残らないようにできるかもしれない」

「○×?*※※!!」

 少年の怒鳴るような声に女の子はまた泣き出した。 彼の言葉にはかなり南方のなまりが混ざっている、

おまけにまだ話し方が幼い。

  他国出身の バーサには理解できなくても仕方がない。

 

 ルカは南方なまりをいれて話しかけた。

『おい、坊主。その子は怪我しているだろう。この方はお医者様だ。いま治療すればその子の顔の傷は残らないと

おっしゃっている』

 うまく伝えられたかは分からないがじっと彼の目を見つめる。

 少年は少しの間バーサとルカを交互に見つめていたが、やがてかぶりを振って声を上げた。

『■×○!××※……○×※!!!』

 そういうことか。ルカは彼の言葉をどうバーサに伝えたものかと悩んだ。

「どうですか、なんと言っているのですか」

「……この子は何もするなって言ってます。その、つまり、傷が残っていたほうがいいと」

 その言葉にバーサは目を見張って少年の顔をみつめた。

「なぜです」

 と、突然、その少年は女の子の手をつかんで走り出した。

「待って」

「先生!」

 ルカは思わず声を上げて止めた。

「なぜです、あの子は何と言ったのですか」

「先生、あの子は貧しい家の子なんです」

「だから、だからなんだというのです」

 ためらったが、ルカはバーサの目を見つめて答えた。

「顔がいいと早く売られてしまうそうですよ。この傷が妹を守ると、そう言っていました」

 するとバーサは目玉が落ちてしまいそうなくらいに目を見開いた。

「売られる……」

 バーサとルカは小さな二つの背中をみつめた。

 少年はまだ走っている。女の子も彼に手を引っ張られたままよたよた走る。

「あ」

 つまづいて二人とも転んだ。

 少年すぐに起き上がり妹を抱き起こして、小さな腕に、小さな彼女をかかえてまた走り出した。

 さっきまで泣いていた女の子。

 抱えられ揺られながら、その子はこちらを振り返りとてもうれしそうに微笑んだ。

 

 気がつくとバーサは呆けたような顔をしてしゃがみこんでいる。

「先生、あの、立てますか」

「……」

 バーサの表情は先ほどの呆けたものから、何かを奪われた子供のような、苦しげな表情へと変わっていた。

「先生……あの、わが国の貧しい家の子供が皆売られるって訳じゃないですから、あれは、その」

「ちがいますよ」

 バーサはすこしよろけながら立ち上がった。

「先生?」

「……守りたい人がいるというのは、あのように小さな子供まで強くするのですね」

 目を伏せたままかすかに微笑んだ。

「さあ、戻りましょうか。アルド王子をお待たせしないようにしなければ」

 ルカはほっとしてため息をついた。

 

 そしてふと、先生はあの少年のことがうらやましいのではないか。

 ルカはひそかにそう思ったのだった。

 

つづき→ 40話へと続きます

 


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2010/8/8 update

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